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 コラム 第77回     2010. 11. 28

摂食・嚥下のお話

 いつの間にかコートを着て外出する季節になり、今年ももう残すところあと一カ月となりました。 この冬のインフルエンザは、季節性と新型が同時に流行るそうですので、皆さんうがい手洗いを忘れずに予防を心がけましょう。 ご高齢の方は、特にお気を付けください。

 私は、ここ数ヶ月間、東京都立心身障害者口腔保健センター主催の摂食・嚥下評価専門研修を受講しています。 1回目2回目は、医師、歯科医師、看護師、歯科衛生士、理学療法士、作業療法士、栄養士、介護職対象の講義で、 3回目4回目は、医師、歯科医師対象の講義でした。初めの2回は、多職種対象でしたので、摂食・嚥下のメカニズムから始まり、 摂食・嚥下障害をもたらす原因疾患やこの障害に対する対応について学びました。今回はその内容を少しご紹介しましょう。

 摂食・嚥下とは、食べ物を口に運び、咀嚼して飲み込むまでのことで、普段は何も考えずに当たり前のように行っている動作です。 これは、目で食物を認識し、鼻で香りを嗅ぎ、唇で硬さや温度を確かめ、舌で味わい、歯で噛み砕き、奥歯で唾液と混ぜながらすりつぶし、 程よい大きさと柔らかさになったころ咽頭部で反射がおき、ゴックンと一気に飲み込むという一連の流れです。 何らかの原因でこの流れに支障が生じると様々な問題が起こります。最も多くおきる問題は、誤嚥性肺炎です。 これは、呼吸の入り口である鼻(口も含めて)が、食物の入り口である口と気管の入り口まで同じ通り道であることでおきます。 食物が食道へ流れるとき気管の入り口が上手く塞がらないと、食物が肺のほうに流れてしまい、引き起こされる肺炎のことを言います。 高齢者が亡くなる最大の原因の一つになっています。摂食・嚥下障害をもたらす原因疾患は、過半数が脳梗塞に代表される脳卒中です。 卒中を起こした場所により、支配領域の活動に問題が起きることで、様々な形の障害が現れます。 たとえば大脳の片側の運動領域に梗塞がおこったとき、その反対側に麻痺があらわれます。 ですから麻痺側の唇が上手く閉じられないばかりか、頬の筋肉が動かせなくて奥歯と頬の間に食べた物がたまってしまいます。 これをそのままにしておくと細菌が繁殖して歯肉炎が起き、歯がある場合は歯槽膿漏や虫歯になります。 同時に言語中枢もやられている場合は、痛くても訴えることができず、食も進まず栄養状態が悪くなり、生命活動がどんどん低下してゆきます。

 この状況を改善するために、各種職種の人たちが協力して治療リハビリに当たることになります。 近年、嚥下に問題があるからと、誤嚥性肺炎を起こさないように胃ろう(食物をチューブで直接胃に入れる方法)作る手術をする傾向にありました。 口から食べなければ口の中は汚れないと思う方が多いかもしれませんが、実はそれと逆で、使わないと口の中はどんどん汚れてしまうのです。 唾液が減り細菌数が増えて、吸気に混ざった細菌によって起きる肺炎の危険性が増してしまいます。 そして何より、食べることは生命維持の根源です。これを奪われることで、生きる気力が萎えてしまいます。 できるだけ口から食べていただけるよう摂食・嚥下の評価を行い、チームを組んでリハビリに当たります。 麻痺の回復のためのマッサージ、少量でも栄養価の高い食事、飲み込みやすい形態、姿勢など各職種の専門を生かした工夫でメニューを考え、 実際に介護する人を指導することまで行います。口腔内の環境改善に限っても、これだけの連携が必要になります。 中央区においても、医師、歯科医師による審査診断ののち、看護師、歯科衛生士を中心にしたチームが編成され、 口腔清掃はもちろんのこと低栄養の改善のための機能訓練や食形態の選択など個人個人への在宅療養支援協議会が開かれ、課題の評価と改善が話し合われます。

 超高齢社会において欠かせない支援ですが、日本ではまだまだごく一部でしか実現していないことです。 誰もが住み慣れた我が家で終生暮らすことが望まれるものの、周りの支えがないととても難しいことです。 同居の家族のケアも含めてこれから考えなければならないことが山ほどあるようです。 介護疲れや老老介護、認認介護(認知症の人が認知症の人を介護すること)など現実はとても複雑で、時間は待ってくれません。 そんなことを話し合いながら、とても考えさせられた講習会でした。


11月の歌舞伎座 (2010/11/08)

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