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コラム  第22回    2006. 4. 21 

フレッシュマンのお話

  近頃、街中や電車の中で、なんとなくスーツの似合わない若者を見かけると、この4月から社会人になったフレッシュマン達だろうと思ってしまいます。 なんとなく未だ学生気分が抜けきらないような、半人前の大人みたいに感じてしまうのは、自分が歳をとった証拠なのでしょうか。

  私達の歯科界にも、今年だけで2673人の歯科医師が誕生しました。 今年から歯科医師法が改訂されて、彼らはこれから1年の間、研修医として病院や開業医院で実際に臨床の経験を積むことが義務づけられました。 これまでは、臨床系に進む者と基礎系に進む者で各自が将来の設計を立てながら、自分で決めていた事なのですが、なにやら変な制度が出来たものです。 これからは、国家試験に受かって歯科医師免許を持っても研修医を終了していないと臨床の場で歯科医として働く事が出来ないのです。

  私の場合は、学生時代から興味を持っていた生命構造の神秘を知りたいと思い、大学院に進み、解剖学の研究を始めました。 私に与えられたテーマは、教室のテーマである神経筋機構の解析と歯髄神経の特殊性を解明する事で、その手段として、先ず電子顕微鏡の技術を習得する事でした。 そこで、世田谷区池尻に在る自衛隊中央病院の電子顕微鏡室に行くことになりました。 文京区湯島の大学には、ゼミの時と実験がある時に行き、他は殆ど自衛隊に行くという生活でした。 しかし、その時既に将来は、父の後を継ぐことを考えていましたので、教授の計らいで週2日は、 自衛隊中央病院の隣に在る三宿病院でアルバイトをさせてもらっていました。 基礎の研究をしながら臨床を経験できた事は、私にとってものすごく有意義な事でした。 そして、大学院修了と同時にそのままそこに就職しました。

  国家公務員等共済組合連合会三宿病院という名前をもつその病院は面白い所で、そこで働いているドクターは全員が自衛官でした。 歴史的に、自衛隊中央病院が先に出来たのですが、自衛隊という特殊性から近隣の住民を診る事が出来なかったので、隣に三宿病院を作ったそうです。 鉄条網で囲まれた三宿駐屯地の一角に三宿病院の裏口と繋がる通路があって、ドクター達は鍵を持たされてそこから出入りしていました。 私も三宿病院で引き続き患者さんをみるために自衛隊に入隊して、陸上自衛官となったのでした。 4年間慣れ親しんだ場所でもあり、軽い気持ちで入隊したのですが、いきなり一等陸尉という昔で言えば大尉という階級が与えられました。 その上、幹部自衛官としての訓練が待っていました。 制服の着方や敬礼の仕方に始まり、果ては武器の取り扱いや射撃訓練までさせられました。 当時は、歯科医官として就職したのに何でそこまでさせるのかと思ったりもしましたが、今になってみると随分貴重な経験をさせてもらったと逆に感謝しいています。 基本的には、病院歯科の勤務でしたので、通常の歯科治療は勿論、口腔外科での手術や、病棟を担当したりもしました。 更に、三宿病院でも同様に様々な臨床経験を積むことができ、とても充実した日々を送りました。 ここが私の臨床医としてのスタートの場所で、自分自身で選択して将来を考えながら勉強させてもらった思い出の場所です。 その当時の患者さんで、引き続いて片山歯科医院に通院されている方もいらして、時々当時の思い出話に花が咲くこともあります。

  今年からは、そんな計画も立てられなくなったのです。 将来の計画を持っていて実行しようとしても、必ずしも自分の望みどおりに行かない場合が多く出てきてしまいます。 つまり国は、免許を与えたのに半人前としか見てくれていないのです。 歯科医師免許証を手にして、希望に燃えてさあこれからスタートしようという時に、なにやら出鼻をくじかれてしまうようです。 高校を出て、現役で歯科大学に入っても、一人で治療しても良いですよと認められるまで最短で7年かかることになったわけです。 私のようにそれから大学院で勉強しようとすると、もう30歳になってしまいます。 その後に臨床経験を積んで一人前になるには、更にどれだけの年数が必要なのでしょうか。 女性の歯科医も増えて、今年の合格者は991人でした。結婚出産子育ては、何歳から始まるのでしょうか。 考えるだけで気の毒になります。
  実は、私の娘も歯科大学の6年生で来年卒業を控えているので、他人事ではありません。どうしましょう。


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